ルーツを尊ぶということ
2026/10/17
ルーツを尊ぶということ
~父が最後に教えてくれたこと~
前回は、数字から見た日本の今についてお話ししました。今回は、少し個人的な話をさせてください。私が「ルーツを尊ぶ」ということを、身をもって知った経験です。
■ 父との思い出
幼い頃の私は、父にかわいがってもらいました。兄と一緒にキャッチボールをしてもらったり、ノックを打ってもらったり。楽しい思い出がたくさんあります。
一緒にお風呂に入りながら、父が言った言葉があります。
「人の痛みがわかる人間になりなさい」
この言葉は、大人になった今も大切にしています。
■ 父を憎んだ日々
私が小学4年生のとき、両親は離婚しました。それから父とは、少しずつ疎遠になっていきました。
家の中は穏やかではありませんでした。父はお酒に溺れ、家族との会話もほとんどなくなりました。「家族を養っているのは自分だ」という父の態度に、私は強く反発しました。家庭を壊したのは父ではないか。そう思い、私は父を憎んでいました。
大学を卒業し、社会に出たときの初任給は13万5千円でした。そんな私に、父は「4年制大学に行かせてやったのに」と言いました。いつか絶対に見返してやる。その反発心だけが、当時の私の原動力でした。
■ 父が変わっていった日々
やがて私も結婚し、子どもを授かりました。
その間、父は何度も体を壊しながら、ついにお酒をやめることができました。母とも再び夫婦となり、もとの家族のかたちに戻っていきました。
晩年の父は、毎日ごみ拾いに出かけていました。73歳でがんと診断され、それから8か月ほどで旅立ちました。入院してからも、身の回りのことは最後まで自分でこなし、亡くなる2時間前まで自分の言葉で話していました。最期まで、人に迷惑をかけまいとする人でした。
学生の頃、あれほど憎んでいた父です。けれど今は、本当に感謝しています。離婚した当時も今の私と同じくらいの年齢で、兄と私を学校に通わせるために、必死に仕事をしてくれていたのだと理解できます。本当に人間らしく、素晴らしい人であり、命を全うしきった人だったと思っています。
■ 國學との出会い、そして志
父を見送った翌年の2025年、綜學の創始者である林英臣先生のもとで、國學を学ぶ機会をいただきました。
その学びの中で、先祖に感謝し、親を大切にすることが、日本人が長く受け継いできた心のあり方だと教わりました。父を見送ったばかりの私には、その教えが深く胸に響きました。
父に感謝の気持ちが芽生えたとき、気づいたことがあります。
父と母がいなければ、私はこの世に生まれていません。その父と母も、祖父母がいなければ存在しませんでした。祖父母にもまた、その親がいます。
10代さかのぼるだけで、私につながるご先祖様は、理論上1,000人を超えます。そのうちの誰か一人でも欠けていたら、今の私はいません。
そうした命の連鎖のおかげで、私は今、この人生を享受して生きることができています。
そしてこの命は、受け取って終わりではなく、次へつなげていくものです。自分は、遥か昔から続く長いパズルの、ひとつのピースにすぎない。そう認識したとき、この国を、この命を、次の世代へしっかりとつなげて遺していきたいという想いが、はっきりと定まりました。
私の志は、父母からいただいた命を次へつなぐこと。そして、私が生かされ、育ててもらったこの優しい社会、豊かな日本を、次の世代にも残し、体験してもらうこと。そう決めました。
■ 土地は、ルーツの記録
司法書士として相続のお手伝いをしていると、田舎の田畑や山を受け継いだ方から、「どこにあるのかも分からない」「正直、手放したい」というご相談をいただきます。
その気持ちは、よく分かります。
けれど、登記簿をさかのぼると、その土地を誰が、いつ、どんな経緯で受け継いできたのかが見えてきます。そこには、田を耕し、山を守り、家族を養ってきたご先祖様の暮らしの跡が残っています。
土地は、ご家族のルーツの記録でもあるのです。
またその土地の周りにはそこで確かに生活を営む、また別の「家族」の存在があります。無責任に「手放す」ことで、その土地の近くで生活する方に影響を及ぼす可能性があるということを認識してもらいたいと想います。
だからこそ私たちは、すぐに「手放す」ことを勧めるのではなく、まずその土地がどこにあり、なぜご家族が持ち続けてきたのかを、一緒に確かめるところから始めたいと考えています。そのうえで、守る、活かす、地域に託す。どの道を選ぶにしても、ルーツを知ったうえで決めることに意味があると思っています。
■ 結びに
父が教えてくれた「人の痛みがわかる人間になりなさい」という言葉は、今、私が生きるうえで、何より大切にしている言葉です。
そしてもう一つ、父が最期に遺してくれた言葉があります。
「善啓、毎朝、『今日もいい1日にします』と宣言しなさい。」
いつ死が訪れるか分からない。そんな不安の中でも、父は父なりに命と向き合い、最後まで生き抜こうとしていたのだと思います。この言葉は、晩年から最期のときまで「いい人生だった」と思えるように、自分の命に向き合うための、父のおまじないだったのだと感じています。
私も、いただいたこの命を、力の限り生ききると決めています。
父がそうであったように、周りの方々に、少なくとも自分の息子に、「真剣に命と向き合った人だった」と思ってもらえるように。その姿勢を遺し、少しでも善い影響を次へつないでいけるように。
この想いは、社員とも共有しています。私たちさくら夙川事務所は、これからの日本、将(まさ)に来たる日本の将来のために、命と時間を遣ってまいります。
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